| 橋本曇斎(1763〜1836) |
| (はしもとどんさい) |
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江戸時代の電気学者といえば、平賀源内が有名ですが、源内のあとにも地道(じみち)に電気の研究をした人がいます。大阪の橋本曇斎もその一人です。曇斎は源内のエレキテルを見て、電気に興味を持ち、オランダの勉強をするために江戸へ留学。りっぱな蘭学者(らんがくしゃ)になって大阪へ帰りました。大阪では医者の仕事のかたわら、電気の研究を続けました。曇斎が48歳のとき、「阿蘭陀始制(おらんだしせい)エレキテル究理学(きゅうりがく)」という本を書きました。現代風にいえば「オランダ電気物理学」というところでしょう。この中で「エレキテルの気を魄力(はくりき)」と名づけ、導体を「有魄力品」、不導体を「無魄力品」と定義づけています。曇斎は静電気を科学的に研究した日本最初の人といえるかも知れません。しかし、幕府は、この本の出版を許(ゆる)しませんでした。キリシタンの疑(うたが)いをかけられ、ろうやにも入れられました。そのころ、ヨーロッパではボルタが電池を発明し、電流の研究が始まっていたのです。 |