| 未来の子供たちへの童話(2) |
平成12年4月23日(日)朝日新聞掲載 |
倉本 聰 |
「不思議なものをお前らに見せよう。」
長がもぞもぞと衣服のすそをまくり、垢にまみれたくしゃくしゃのものをひっぱり出したので、ニングルたちはのぞきこみました。
「判るかな? 何か」
長はそのくしゃくしゃを地べたに置くと、しみだらけの指で引き伸ばします。それは一枚の古いお札でした。
「これが人間の大好物の、おかねというものの実物じゃ。もっとも百年程前のものだ。」
ニングルたちはしんとしました。
「何故か判らんが人間たちは、これを集めるのをえらいよろこぶ。集める為なら色んなことをする。人もだますし仲間も裏切る。時には互いに殺し合いまでする。」
洞の中の空気がピッと凍りました。ニングルたちが一斉に、息をすることを止めてしまったからです。
大雪山の奥の巨大な桂の木の根方にあるこの大きな洞は、ニングルたちの居住です。
四月だというのに今年はまだ雪が全く溶けず、ニングルたちの予定はかなり狂ってしまいました。貯めておいた薪が底をついてしまったのです。ですから少しずつトドマツの枝を折り石炉にくべて火を燃やすのですが、しめっているためなかなかつきません。洞の中は煙でいっぱいです。
一人のニングルが恐る恐る聞きました。
「集めてどうするんじゃ。」
「貯めとく。」
「貯めてどうするんじゃ。」
「それがよく判らん。」
煙にむせて、一人が大きなクシャミをしました。
「冬の間の食料にするんかな?」
そのニングルは冬の初めに、リスやネズミが冬場の食料をそっと貯めこむのを思い出したのです。
若いニングルがそっと手を出し、そのお札を取って食べようとしました。
「食べちゃいかん食べちゃいかん!」
長が叫んだので若いニングルはびっくりしてその手を引っこめました。
「これは食いもんでない。食ってもうまくない。」
長が云ったのでニングルたちは、今度こそ本当におどろいてしまいました。
「食えんものをどうして貯めこむんだ。」
「食わんなら一体何に使うんだ!」
「役にたたんなら誰も貯めこまんぞ!」
表の森を風が過ぎたらしく、サアッと雪の散る音がきこえました。
「ハハア」
百五十才になる中年のニングルが、考えこんでいた顔をあげました。
「これは恐らく穴ふさぎだな。」
「?」
「穴にこれを貼って、風を防ぐんじゃ。」
「 。」
洞の上部にはところどころ、キツツキのあけた穴ぼこがあって、冬の寒気がそこから入るのでニングルたちは困っているのです
「そうか、穴ふさぎか。」
「それは判るな。」
石炉のトドマツは煙をたてるばかりで、一向炎をあげてくれません。
「しかし」
と長が首をひねりました。
「穴ふさぎが欲しくて殺し合いをするかな。」
この一言にニングルたちは、しんと又だまってしまいました。長の年齢は二百八十三才。さすがに年寄りは思慮が深いなと、すっかり感心してしまったのです。
そのときオッチョという仇名のニングルが急にポツリと呟きました。
「火をおこすとき使うんでないかな。」
みんな一斉にオッチョを見ました。
実はオッチョとは、オッチョコチョイをちぢめたものです。
「これは乾いとるようだし、よく燃えそうだ。」
みんなポカンとオッチョを見ています。彼があんまり良いことを云ったので、彼のことをオッチョと呼んでいるのはまちがってたんじゃないかと反省したのです。
ニングルたちは森の民であり、あっちこっちで野宿もしますから、風の吹く日など火をおこすのがいかに大変かをよく知っています。現に今だって火の係りのニングルが炎を出そうと苦労してるのに、しめったトドマツは一向燃えあがらず、煙いばかりで参っているのです。
「これはきっと、火をおこすときに使うんじゃ。いつでもどこでも火をおこせるように、人間はこれを貯めこんどくんじゃ。その為のものじゃ。そうにちがいない。」
オッチョの考えはもうアッという間に、ニングルたちを納得させたようです。ゴホンゴホンと煙にむせながらあっちこっちでみんなうなずきます。
それでも長だけは考えておりました。
人間は夜も眠むらんで、金を貯めることを必死でしとるらしい。あれは本当に火をおこす為だろうか。
たしかに火を焚くとみんなあったかいし、闇でも明るく浮き立たしてくれる。火ぐらいありがたいものはない。だけどその為に人をだましたり、仲間を裏切ったりするもんだろうか。そんなことの為に人はお金を貯めるんだろうか。
「試してみるべえ。」
突然オッチョがお札をつかんで石炉の中に放ろうとしたので長は思わず飛び上がりました。
「待て待て待て待て!!」
オッチョはびっくりして長を見ました。
「燃やしてみんとありがたみは判らんぞ。それとも長は人間みたいに、黙ってこれをしまっといた方がいいか?」
「 !」
長はもうすっかり恥ずかしくて、年甲斐もなくしおれてしまいました。しまっておいたって何の役にも立ちません。それより今この煙ばかりたてるトドマツの枝が炎をあげたら、その方が倖せに決っています。オッチョの云うことは正しいことなのです。
「いや、いい。アレダ。うん。燃やしてみよう。」
オッチョは安心してその古いお札を、トドマツの中にソッと入れました。
みんな息をとめ煙の中を凝視しています。
白い煙の奥の方から、突然パッと炎があがり、トドマツがめらめらと燃え上がりました。ニングルたちに顔が赤く映えます。
もうあのいやな煙はあがらず、だいだい色の炎だけがみんなの顔を倖せに染めています。その倖せに長も染まりました。
長はぼんやり考えておりました。
ああ人間はこの倖せが欲しくって、お金をいっぱい貯めこむんだな。たしかにこの火のあったかさと明るさは、たとえようがなく倖せだもんな。
外の森では、又、サラサラと新しい雪が降ってきたようです。
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