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未来の子供たちへの童話(5) 平成13年 1月28日(日)朝日新聞掲載
ニングルの森   倉本 聰

「人間はどうも、個人で土地を持つらしい」
 長がポツンと云ったので、洞の中はしんとしずまりました。
 誰かがゴクンと唾をのんだ音がしました。
 外は全く音がありません。
 十一月の末から、ニングルたちの棲むこの深い森はすっかり雪に閉ざされています。
「土地を持つって、どうやって持つんだ」
「?」
「土地は重いぞ。木も生えとるし。とても一人で持てるもんでない」
 若いニングルが真剣に聞いたので、長はクシャッと顔をこすりました。
「その持つでない。所有する。つまり自分の持ちものにするちゅうことだ」

「たとえばお前は服を持っとる。鉈も持っとる。はきものも持っとる。それはお前の持ちものだ。同じように人間は、自分のものとして土地を持ちものにするらしい」

 洞の中は再びしんとしました。
「一寸きくがな」
 中年のニングルが長にききました。
「土地を持つちゅうことはどの位の広さを持つちゅうことかな。木の葉一枚分ぐらいの広さかな」
「いやいやそんな小さなもんでない。歩いて十歩分。わしらの足なら百歩分。もっと広いのになると三日ぐらいかけても歩ききれんようなどでかい土地を持ってるもんもおるそうな。人間の約束ではこの地球の土地は、全部誰かの持ちものじゃ。わしらの住んどるこの森だって、恐らく誰か持ち主がおる」
!!」
 洞の中の空気は、今度こそピシッと凍りついてしまいました。
 みんなの吐く息も凍りついています。
 焚火の炎も凍りついています。
 土地を誰かが個人的に所有する。ニングルたちはそんなこと、夢にも考えたことがなかったのです。
 ここで一寸だけ解説しますと、インディアンとかイヌイットとか、先住民といわれる人々には、元々土地を所有するという思想がありませんでした。ニングルはそもそも先住民ですから、彼らと全く同じ考えです。
 突然みんなが一斉に、けたたましい声を上げ始めました。
「この森の持ち主って、そんな奴がおるンか!」
「だってわしらは何百年も、ずっとこの森に暮してきておる!」
「何百年でない!何千年もだ!」
「そうだ!じいさんのじいさんの、そのじいさんのじいさんの、そのまたじいさんのじいさんの、その上のじいさんのじいさんの」
「そのまたじいさんのじいさんの」
「待て待て!」
「その上のじいさんのじいさんの」
「一寸待てってば!」
「そのまたじいさんのじいさんの」
「落ち着け!みんなで一斉にわめくな!わしはただ」  長が突然激しく咳こんで、体を二つに折り曲げたのでみんなはあわてて反省して黙り、水を汲むもの、背中をさするもの、高齢者介護に猛然と走りました。ニングル社会に於ける高齢者介護は命令されなくたって徹底しており、おこたるものなんて誰一人おりません。何故って年寄りは何でも知っており、自分らよりずっと世間を見て来ており、もうそれだけで尊敬するわけで、年寄りを大事にしないものなんて絶対にいてはいけないし、現実にそんなものどこにもいないのです。何たって実際ここにいる長は、その歳が今年で二百八十三才です。
 外の森では風もないのに、トド松の枝からつもっていた雪が落ち、あたりにサァッと白い粉を散らしました。
 洞の中ではようやく何とか長の咳こみがおさまったようです。
 誰かがくべた新しい薪が、焚火の上でバチバチ音をたて始めました。
「一寸おたずねしてよろしいかな」
 長の発作が又おこらぬよう、その顔色を心配しながら、初老のニングルがおずおずと聞きました。
「土地が持ちものだということは、その上にあるものが全部その人のものだということなのかな」
 しゃべると又発作がおこりそうなので、長は胸を抑え、黙っています。
「たとえばこの森の持ち主がおるとして、ここに生えとる木は全部、そうするとその人の持ちものなのかな」

 苦し気に顔をゆがめたまま、長がコクンとうなずきました。
「土もその人の持ちものかな」

 長は今度はうなずきません。
「苔もその人の持ちものかな?」

 長のみけんのしわがクイッと深くなりました。
 長はどうやら考えこんだようです。
「鳥もその人の持ちものかな?」

「鹿もその人の持ちものかな?」

 固唾をのんでニングルたちは、二人の顔をじっと見ています。
「熊もその人の持ちものかな?」

「リスもかな?」

「蜂もかな?」

「クワガタもかな?」

「木の実もかな?」

 長の首が段々かたむいて来ています。
 長も段々判らなくなってきているのです。
「するとその木の実を黙って喰べとるわしらは泥棒をしとるちゅうことになるがな」

 長の顔が少し赤くなって来ました。
「それは持ち主に断わらんでいいのかな?」

「わしらだけじゃない、この森の中の花や実を喰って生きとる熊や鳥や虫たちも、みんな泥棒ちゅうことになるぞ」

 長の顔がどんどん赤くなって来ました。
 ニングルたちはドキドキしています。これは咳きこむ前兆だからです。
「大体熊や小鳥や虫は、自分がその人の持ちものだちゅうことを、きっと知らされてないと思うぞ。それを知ったら腰を抜かすぞ」
 今や長の顔は赤を通りこし、殆ど紫に変色しています。その時です。
 若くて一寸軽率なニングルが、すっとんきょうな声でかん高く叫んだのです。
「ヤアヤアそうするとわしらの命も本当はその人の持ちものなのか!!」
 発作寸前の苦しみに耐えながら、長は懸命に考えておりました。
 そんなことあって良いわけがない!土地を所有するなンて、そりゃあんた無茶じゃ!