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学ぶ・知る・楽しむニングルの森

未来の子供たちへの童話(7) 平成13年 7月29日(日)朝日新聞掲載
ニングルの森   倉本 聰

 「さて、ではミーチングを再開しよう」
 仮長が重々しく宣言したので、ニングルたちはしんとなりました。
 本来こういう重大なミーチング(会議)は長が仕切ることになっているのですが、二百八十才になる長は、そろそろ死ぬときが近づいており、最近はもうずっと、イワナ沢の川っぷちに生える大きな桂の木の、クマゲラのあけた穴の中でうとうと半分眠っているのです。そういうときニングルは、次に老齢のニングルを自然にリーダーと認めます。人望もへったくれもありません。みんなにリーダーだと認められると、それまでどんなに駄目だった奴でも自然とそれらしくなってくるのです。
 月光に照らされた山の奥の奥のこの森には、久しぶりに起きたこの大問題の為に、かなりの人数のニングルが輪になり、その中央に問題の物体が、全員の注目の中、キンキンと泣き声を上げています。
 実はこのミーチングが開かれるのは三度目。仮長は「再開」と簡単に云いましたが、この前開かれたミーチングは、この前の満月の晩でした。一回目のミーチングは更にその前の満月の夜。その一寸前一人のニングルが、尾根道の少し下の岩陰でこの物体を発見したのです。発見された時この物体は、悲しそうにキンキン泣いておりました。
「あれからみんな考えたかな」
 仮長がきくとサッといくつもの手が上がりました。そして夫々に意見を述べ始めます。
「やっぱりこいつは生き物だと思う。」
 一人の若いニングルが云いました。
「何故そう思う」
「こいつはキンキン泣きつづけとる。多分こいつはまだ子供なンだと思う。山で親たちからはぐれたンだ」
「俺はちがうと思う。」もう一人が云います。
「生き物ならどっかに目があると思う。だがこいつには動く目がない」
「いや俺はこの長いのが目なんだと思う。この長いのは年中オドオド、まわりの景色を見廻しとる」
「一寸待ちなさいお若いの。」
初老のニングルが口をはさみます。
「長いのが目なら目は三つある。」
「その通り三つある。後二つもじっと見ているとのんびりまわりを見廻しとる」
「わしにはこの尻尾が説明つかん。尻に尻尾の生えとるのは判る。でもこいつには頭にもある。」
 みんなは一寸論議につまりました。
 物体は相変わらずキンキン泣いています。
「泣くな。」
 若者が物体に云いました。
「お前のことをみんな考えてるンだ。」
 すると一人の中年のニングルが、意を決したように口を開きました。
「仮長、オレは思うんだがな。こいつがキンキン音を出しとるのは、本当はこいつが泣いとるんじゃなくて、こいつの心臓の鼓動の音なンじゃないンだろうか。」
 みんなもうシインとしてしまいました。
 あまりにも大胆な仮説だったからです。
 心臓の鼓動音!
 でも鼓動音にしてはあまりに速すぎます。
 何故って二百年から三百年生きるニングルたちの鼓動音はもっとずっとのんびり搏っているのです。
「速すぎる!」
「そうじゃ鼓動音にしては速すぎる!」
「判らんぞ。たとえば人間の心臓の鼓動音はわしらのよりずっと速いというぞ」
「それでもこんなに速いわけはない!」
「そうじゃもし心臓がこんなに速く搏ったら人間は年中走っとらにゃならん」
「だから人間は走っとるというぞ!」
「待て待て待て待て!」
 みんなの声が高くなってきたので、仮長があわてておさえました。
 森が再びしんと静まります。
 仮長は口に手を当てて、一寸重々しく咳をしました。
「実はな。どう考えても判らんので、昨日わしはこの変なものを持って、長のところへ行ってきた。」
 久方ぶりに長という言葉をきいたので、みんな緊張してあわてて坐り直しました。
「これは人間の持物で、連中が『腕時計』と呼んどるもんだそうな。」
。」
「頭と尻についたこの尻尾は、こうやってぐるりと腕にまいて
 仮長はその物体腕時計を、自分の腹に巻いてみせました。
「この留め金で留め金でこうしてこうしてん?こうしてうン、止める!」
 みんなはゴクンと唾をのみます。
「キンキン泣いとるこの音はな、時間を刻んどる声なンだそうじゃ。」
。」
 みんなはもうしんとしてしまいました。
 森の梢を風の音が過ぎます。
 一人の若いニングルが、恐る恐る口を開きました。
「時間は泣くのか」
「そういうもンらしい」
。」
 中年のニングルがオヅオヅと聞きます。
「わしはまだ時間の泣き声ちゅうものを今まで一度もきいたことがないが」
「だからこのキンキンがその泣き声じゃ」
 静寂。
「わしら時間は、陽が上ったり、沈んだり、月が欠けたり、花が咲いたり、雪が降ったり。見て知るもんだとずっと思っとったが。」
「実際泣き声もあったらしい。」
「誰か聞いたか?」
 ニングルたちは一斉に首をふりました。
「心配いらん。この泣き声は人間が勝手に作ったもんで、森ン中に元々あるもンでない。」
 ホッと安堵のため息が聞こえます。
「ところが人間は可哀想だ。この泣き声を作ったせいで、全部この声にしばられてどうも一生を過ごすもののようだ。お陽様が上っても動き出せんし、眠くなっても働くんだそうだ。太陽や月よりこの時計ちゅうもんの泣き声に全部を縛られて生きとるものらしい。」
 ニングルたちはもう息つくことも出来ずほとんど呼吸を止めてしまいました。
 雲が少し走り、月の落とす影が少しかげりました。
「他にもそういう動物がおるんか?」
 中年のニングルが恐る恐る聞きました。
「いや。他にはおらん。人間だけらしい。」
 ニングルたちはもう人間という生き物が可哀想で、うっすら涙を浮かべているものさえいます。
 風がドウと鳴って梢をゆすりました。
 初老のニングルがポツリと云いました。
「だからこいつは人間が哀れで、それでキンキン泣いとるンだな。」