東京電力
学ぶ・知る・楽しむニングルの森

未来の子供たちへの童話(11) 平成14年 7月28日(日)朝日新聞掲載
ニングルの森   倉本 聰

 それは不思議な箱でした。
 縦10センチ横5センチ、厚さは1センチもないようなすべすべした桃色の物体です。表の一部が透けており、中に奇妙な生き物の絵があります。
 抱えてきたのはオッチョという、オチョコチョイな子供のニングルで、こいつはいつもどこからともなくこういう不思議な物を持ちこみまわりの子供たちを羨ましがらせるのです。今もオッチョのまわりには同年輩の三人のニングルがおり、もうすっかりこの箱に興味を持ってしまっていたのです。
「何なンだこれは」
「何だか判らん」
「人間の作ったものか」
「勿論そうだ」
 一人がおそるおそる箱の中央に出っぱっている小さなボタンに触れてみました。途端にみんなギャッと叫んで3メートルも飛びすさりました。聞いたこともない奇妙な音が鳴り出しなんと透きとおった所の中に描かれていた生き物の絵が手足を動かしてヒョコヒョコ踊り出したのです。
 みんなは息をつめてそれを見ていました。でも一人がもう何だかたまらなくなって、そのヒョコヒョコに合わせて手足を動かし始めたので、他のみんなもあわててそれに合わせました。
 だあれもいない森の奥の奥で四人の子供ニングルたちが、奇妙な音に合わせ、手足をふって踊っている様子は、はたから見ていると何とも異常でこっけいです。たちまちそばのハルニレの枝に、四十雀やキビタキやオオルリなンかが集まって来てこの怪しいダンスを見物しはじめました。
 その時音がピタッと止んで、踊っていた四人はずっこけました。
 森に静寂が戻ります。
 四人は。
 もうすっかりこの不思議な魔法の箱のとりこになってしまったようです。
「もう一度やろう!」
「うん!」
「今度は僕が触る!」
 オッチョがさっきのボタンの所に恐る恐る指をさしのばしたその時です。
「どこで拾って来た」
 渋くて低い声が上から落ちて来て、四人はもうそれこそ腰を抜かし、そのまゝ動けなくなってしまったのです。
 桂の幹の高いところから、ぶらりと下がっているコクワのつるを伝わって一人のニングルが下りてきました。その顔を見て四人の子供はもう、それだけで震えてしまいました。みんなで狩をする時なンかにいつも先頭で指揮をとる、パケと呼ばれるおっかないお爺さんニングルだったのです。
 地べたに下り立つとパケはその物体には目もくれず、もう一度四人をじろりと見渡して、威厳のある声で低く云いました。
「どこで拾って来た」
 オッチョがゴクンと唾をのみ、震える声で必死に答えました。
「熊の沢に出来たゴミ捨て場です」
「あんな所に近づいたのか」
「ゴ、ゴメンナサイ」
「近づいたらいかんと云われてなかったか」
「云われています!もう、行きません!」
 パケはしばらく黙っていましたが、やがて大きく息を吸い、思いがけないやさしい声で一言ポツンと呟いたのです。
「全く、人間にも困ったもンだ」
 西風がドウと山をゆるがし、ヤマナラシの葉がパタパタパタと、一斉に音をたてました。
 一人の子供ニングルが、勇気を振りしぼってパケにきゝました。
「あの、あの、これは一体、何なンですか」
「これか」
 パケは一寸の間、教えていゝものかどうなのか迷っていましたが一寸息を吐き、答えてくれたのです。
「リュウコウってもンさ」
「リュウコウ!?」
「この箱はリュウコウっていうんですか!?」
「そうだ」
「何ですリュウコウって!」
「流れて行くもンだ」
「流れて行く?」
「沢のふちに立って流れを見ててみろ。色んなものが上から流れてくる。お前らそれをいちいち拾うか?」
「拾いません!」
「ところが人間は拾ってみるのさ。一人が拾うとみんな欲しくなる。みんな次々に同じ物に手を出す。そしてすぐ飽きて又川へ流す。はやり病いが染るみたいなもンだ。そういうものをリュウコウって云うんじゃ」

「お前が行ったというあのゴミ捨て場。あそこに捨てられてあるものは、ほとんどが飽きられたリュウコウだ」
 オッチョはもう何だかびっくりしてしまって、口をポカンと開け、想像していました。あのゴミ捨て場に山のようにあったもの。大小様々な白い箱。大きくて立派な椅子。鉄で出来た輪。積まれていた服。あゝいうのがみんな大きな川を上から流れてきたリュウコウなんだ!人間はいちいちそれを拾い、しばらくして飽きて川に又捨てるンだ!人間って大変だ!
 風がしずまり森の中には、西陽がスッとさしこんできました。
「物には二種類ある。それを知っとるか?」
 パケが聞いたので子供たちはあわてて首をふりました。
「神様の創ったものと、人間の作ったものさ」
「神様のつくったもの
「見廻してみろ。この森の中に、人間の作ったものが何かあるかな」
 子供たちはあわててまわりを見まわします。木、葉っぱ、木の実、草、苔、土、鳥、虫、空、雲それに自分たち、ニングル!!何一つとして人間が作ったものなんてありません!
 子供たちは一斉に首をふりました。
「そうだろう。こゝにあるのは全部神様が創られたものじゃ。そこにあるちっぽけなリュウコウを除けばな。
 神様の創って下すったものは、わしらがいたゝ゛いて何年も使い、役目を終えると又次の役がある。置いとけば今度は虫が使い、ミミズの喰いものになり、土の中の小さな生き物がそのカスを喰う。最後の最後まで役に立って消える。
 だがそのリュウコウは、飽きられた後どういう役に立つ。虫もミミズも土の中の生き物も使いようがなくて見向きもせんよ。だからいつまでも地上に残る、人間の作るものはみんなそうなのさ」
 その晩。月は満月でした。
 オッチョは自分の木の洞の家で、明日ゴミ捨て場に戻しに行くあの桃色の「リュウコウ」のことを考えていました。
「リュウコウ」の中のあの変な生き物は、もう一生誰と踊ることもなくあの箱の中で眠るのでしょうか。それを考えると一寸悲しくなり、オッチョの目に急に涙が滲みました。



第10回へ
目次へ