2017.06.01

片品ビレッジプレス

若葉の香りを嗅ぐと、
自然と心が
ワクワクしてくる。

ガイドでは、あえて説明し過ぎない。
それぞれの人の感性で、
自由に尾瀬を楽しんでほしいから。

新緑に包まれる夏の尾瀬の木道。(「夏の想い出」染谷マチ子) 新緑に包まれる夏の尾瀬の木道。(「夏の想い出」染谷マチ子)

片品山岳ガイド協会が発足したのは平成2(1990)年のこと。もう30年近く経ちますね。当時、尾瀬が観光地として注目を集め始めまして、観光客を安全に案内できる人材が必要になったのが発足のきっかけでした。私は昭和30(1955)年頃からずっと尾瀬で仕事をしていたこともあり、ガイドを頼まれたわけです。誰よりも尾瀬に詳しいつもりでいましたけど、歴史や植物はいちから勉強し直しましたよ。

調べてみると、尾瀬の植物は900種類を超えるといわれているんですね。環境学習の一環として尾瀬を訪れる小中学生が増えたことから、先生に代わって、自然や風土などを解説する認定ガイド制度も後に誕生しました。ただ、ガイドをするにあたって、あえて説明し過ぎないようにしているんです。それぞれの人の感性で、自由に尾瀬を楽しんでほしいからです。春に尾瀬を訪れた人たちには秋や冬の、冬に訪れた人には春や夏の魅力を伝えるようにしています。季節がめぐったときに、また尾瀬にきてほしいですからね。

半世紀以上、尾瀬に接していても、
いまだにその美しさに胸を打たれる。

朝もやが晴れ渡ると、そこには尾瀬の雄大な山並みや木立が現れる。(「天空の涼気」新井豊)

ご存知のように、尾瀬は何十年にもわたって多くの人を魅了してきました。その理由のひとつは、どこを切り取っても絵になる景観だと思います。至仏山(しぶつさん)と燧ヶ岳(ひうちがたけ)のふたつの山を遠くに望み、手前に広がる木立と湿原。湿原の中を延びる木道が絶妙なアクセントになっています。写真を撮ることを目的に、尾瀬に何度も足を運ぶ人が多いのも納得の景観ですね。

半世紀以上、尾瀬に通っている私でさえ、今もその美しさに感動します。お気に入りの景観はいくつもありますよ。例えば、朝もや。湿原を覆っている朝もやが、太陽が昇るにつれて晴れ渡っていき、山並みや木立が次第に姿を現していく。一度は見てほしい神秘的な光景です。それから朝露。尾瀬の花や草は朝露に濡れることによって、より生き生きと、よりきれいに見えるんです。朝露に輝くクモの巣も美しいものです。そして、夕景の尾瀬。夕方以降は尾瀬に入ることができないので、夕焼けは山小屋に泊まった人だけが見ることができる特別な光景なんです。

尾瀬の夕景にたなびくワタスゲ。(「百万本のワタスゲ」金井光寿) 尾瀬の夕景にたなびくワタスゲ。(「百万本のワタスゲ」金井光寿)

尾瀬の花というと、なんといってもミズバショウが代表的ですね。山ノ鼻地区や下ノ大堀川周辺で群生を見ることができます。尾瀬以外にも、片品村には約1万5,000株を超えるミズバショウが自生する「水芭蕉の森」があります。6月には花盛りが終わってしまいますが、その代わりに、梅雨を迎える尾瀬には黄色のニッコウキスゲ、白いワタスゲ、ピンクのヒメシャクナゲ、赤いレンゲツツジ、赤紫のムラサキヤシオツツジなどの花が次々と咲き誇ります。柔らかい緑の若葉とのコントラストも実に鮮やかです。

尾瀬は1年の半分が厳しい冬ですから、春を迎えると本当にうれしくなりますね。花や若葉の甘い香りを嗅いで、目を閉じて川のせせらぎとウグイスの声に耳を澄ましていると、自然と心がワクワクしてくるんです。片品村には泉質の異なる温泉もあちこちにあるので、花と温泉を満喫する旅がおすすめですね。

観光客に言われて初めて気付くんです。
片品村にはおいしいものが
いっぱいあるんだって。

大根を出荷する6月頃の様子。 大根を出荷する6月頃の様子。

初夏の片品村は花の季節。同時に、高原野菜の収穫がスタートする季節でもあります。6月は大根、7月に入るとトマトやレタス、キャベツなどの出荷が始まります。夏はトウモロコシのシーズン。村内の東小川地区で、金精(こんせい)峠に延びる国道120号線沿いは「とうもろこし街道」と呼ばれ、焼きトウモロコシやキノコなどを販売する出店が立ち並びます。標高1000m近い片品村の農地は、昼夜の寒暖差が大きい。それが甘いトウモロコシやトマトを生む秘訣なんです。

そして、秋は大豆や花インゲンが旬を迎えます。その大豆と村のおいしい水とでつくった豆腐をはじめ、トマトジュースやそばなどは片品村の特産品です。片品村で長いこと暮らしていると当たり前になってしまいますが、観光客の人に言われて気付くんです。片品村には、おいしいものがいっぱいあるんだってね。

尾瀬に半世紀以上もかかわれたのは、
私にとって大きな誇りです。

松浦さんが運営する、尾瀬の歴史や貴重な写真を展示した資料館「山遇楽」にて。右後ろに飾られた写真で馬を引く青年は、若き日の松浦さん。

ちょっと昔話をしますとね、尾瀬で仕事をするようになった60年前にはまだ木道がなく、訪れるのは少数の登山者だけだったんです。木材を収集したり、猟をしたり、私たちにとって尾瀬はそんな場所でした。

4月になると、夜明けとともにソリをひいて尾瀬に分け入り、雪がゆるんでソリを動かしにくくなる10時までに木材を集めて運び出していました。食料などの物資を山小屋に運搬するのも、今のようにヘリコプターを使うのではなく、あくまで馬と人が頼り。そんな仕事のために、当時は年に200日ぐらい尾瀬に入っていたでしょうか。

やがて観光客が増えて、自然環境を保護する必要が生まれ、尾瀬の一部を所有している東京電力と連携して木道を整備したり、ガイドを引き受けたりしてきました。尾瀬は私たちにとって守るべき大切な場所。その尾瀬に半世紀以上もかかわることができたのは、私にとって大きな誇りなんです。

松浦和男

松浦和男

昭和15(1940)年生まれ。片品山岳ガイド協会会長、尾瀬ガイド協会会員、日本山岳ガイド協会会員。片品村で生まれ育ち、尾瀬のガイドの草分け的存在として、片品山岳ガイド協会の会長を発足以来務めている。

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