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3代目富士見小屋主
萩原 始(はぎわら はじめ)
昭和9年生まれ。
3代目富士見小屋主。
尾瀬保護財団企画運営委員
尾瀬ヶ原の東電小屋に生まれ、幼少時から富士見小屋と東電小屋、戸倉の実家の3箇所で過ごす。
(財)全日本スキー連盟スキー指導員としても活躍。
昔の小屋での食事は花の酢漬けや川魚
竹内 改めてお話を伺うというのも照れますね(笑)。私が尾瀬の担当になったばかりの頃からお世話になってますから、もうかれこれ8年ですものね。最初伺ったときは驚いたのですが、始さんは昭和9年に東電小屋でお生まれになったんですよね。
古民家前で親子のように語りあう
萩原 そうです。私の両親は小屋の管理をしながら気象観測をしていたのです。
山の中にお産婆さんはいませんから、私は父に取り上げられました。
竹内 その頃の生活はどんな様子だったのですか?
萩原 尾瀬に来る人は非常に少なく、電力会社の人、学者さんなど限られた人でした。お客さんが来るととてもうれしかったのを覚えています。
その頃はのんびりしていて、お客さまがお見えになってから、父が夕飯用の魚を釣りに行っていました。食事は川で釣れる魚のほか、ニッコウキスゲの花の酢漬けやリュウキンカの花の天婦羅、山菜など山のものばかり。自然の恵みで、生かしてもらっていましたね。
その後、一般のお客さんが増えたので、昭和27年に富士見峠にあった小屋を増築したんです。
竹内 自然との共存生活ですね。
花畑 いちばん尾瀬が美しかった時代でしたね。とくにアヤメ平は『アヤメ平を見ずして、尾瀬を語るなかれ』と言うほど素晴らしかった。草原に点在する池塘の底に白い石がつまっていて、それが宝石のようにキラキラ光ってすごくきれいだったのを覚えています。
   
アヤメ平の修復は自然保護運動の大きな成果
荒廃したアヤメ平(昭和30年代)
 
竹内 人が多く来るようになったのはいつ頃からですか?
萩原 戦後しばらく経ってからですね。最初は女子高校生がキスゲの花の季節に来る程度でした。急激に登山者が増えたのは、歌の『夏の思い出』で尾瀬が有名になり、夜行バスが当時登山口だった富士見下まで来るようになってからです。昭和30年代半ばくらいだったでしょうか。バスが来るとうちの小屋の前は足の踏み場がないくらいの混雑ぶりでした。それで湿原の荒廃が急激に進み、アヤメ平も無残な姿になったのです。
竹内 私は写真でそのころのアヤメ平を見ただけですが、胸が痛くなりました。
間近で見ていたら本当につらかったでしょうね。
萩原 でも、その頃から東京電力が尾瀬の自然保護に乗り出し、木道を敷くなどの活動を始めてくれたんですよ。尾瀬ヶ原も荒廃しましたが、盆地であることもあって湿原の回復作業はけっこう順調にすすんだんです。アヤメ平の修復には本当に時間がかかってしまったんですね。標高の高いところにある湿原の修復作業は前例がなく、方法が確立していなかったからでしょうね。
竹内 会社の先輩に話を聞きましたが、まさに「試行錯誤」ですね。平成になって、やっとミタケスゲの力を借りる方法にたどり着き、それがうまくいってほぼ緑が回復していますが、この作業は現在も行っていますので、もう40年以上になるんですよね。
 
みんなで守るという気持ちが大切
萩原 ずっとそばで見ていて、尾瀬の自然が今あるのは、東京電力の尽力のおかげだと本当に思います。
今も続くミタケスゲの種まき作業
ほば復元した現在のアヤメ平
竹内 でもそれは尾瀬を愛する地域の皆さんの協力や応援があったから。アヤメ平は人のせいで荒廃したけれど、人の力で自然を取り戻すことができつつある場所です。多くの人に、自然を一度荒らすと大変なこと、でも取り戻そうと努力してきたいろんな人の汗があることを知ってもらいたくて「尾瀬に行ったら、是非アヤメ平にも寄ってください」ってお薦めしているんですよ。
萩原 今、アヤメ平は昔に近い緑を取り戻し、チングルマやイワカガミ、キンコウカの群落や食虫植物のムシトリスミレなど、多種多様な植物を見ることができます。小屋の近くにはキヌガサソウの群落もあるんですよ。是非、おいでいただきたいですね。
竹内 本当に尾瀬は高山植物の宝庫ですね。
萩原 ただ、最近のハイカーは観光気分の人が多いのが残念です。きれいな木道の上を歩けるのが当たり前。滑って転んだりすると、苦情が来ます。都会の公園と同じように、山の中も整備されていて当たり前だという感覚なんでしょうか。自然に感謝する気持や、自然の中では人間は無力だということが忘れられていると思います。
竹内 悲しいことに、都会生活ではそういう大事なことから忘れてしまうのかもしれませんね。でも尾瀬に来て、自然と触れ合ううちに、また自然に対する感謝の気持ちを思い出してもらえるのではないでしょうか。尾瀬にはそんなパワーもありますものね。
 
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