RESPONSIBILITY 03 / STABLE SUPPLY

責任編

安定供給への思い

2016年4月、熊本県地震発生後、九州電力の送配電設備などの停止により
熊本県内で広範囲な停電が発生した。
この深刻な事態に対処するため、全国の電力会社が100台以上の発電車を被災地へ送り、
電力供給と復旧作業に取り組んだ。

東京電力パワーグリッドからは配電保守の現場で活躍するスペシャリストたちを中心に
20名を越える社員たちが停電復旧活動へと派遣された。
彼らは1,200キロを超える遠い地へ向かい、人々の電気を守るために奮闘した。

中川 康之
中川 康之
1992年入社
東京電力パワーグリッド株式会社
川口支社 川口制御所
草加地域配電保守グループ
一ノ瀬 裕二
一ノ瀬 裕二
1991年入社
東京電力パワーグリッド株式会社
多摩総支社 八王子制御所
町田地域配電保守グループ
菅 昭晴
菅 昭晴
1997年入社
東京電力パワーグリッド株式会社
上野支社 上野制御所
配電保守グループ

01 Responsibility

巨大地震と停電の発生により全国の電力会社へ発電車の出動を要請。

2016年4月16日、深夜1時25分、熊本県で最大震度7、マグニチュード7.3を記録する大地震が発生。地震による被害は甚大で、同日2時の時点で40万戸以上が停電した。九州電力1社による早期の電力復旧は難しく、日本全国の電力会社へ発電車の出動が要請された。発電車とは発電装置を備えた移動可能な車両で、停電時に応急対応できる車両である。広域の停電が発生した場合、電力会社間では相互に協力し合う協定を結んでおり、この震災では総務省が早々に東京電力を含む大手9社の電力会社へ応援に向かうよう指示を出したのだった。当時、山梨総支社にて配電設備の保守保全の班長を担当していた一ノ瀬は「大きな前震が発生した14日の時点から、事態の深刻さを気にかけていました」と振り返った。一ノ瀬は17日朝に出動の連絡を受け、数日分の着替えだけを持ち11時に出社。昼の12時には熊本へ向けて発電車と指揮車を出発させていた。

Responsibility
Responsibility

02 Responsibility

応援派遣、第一陣が結成。1,200キロ先の被災地へ向けて出発。

同じ頃、栃木北支社では中川が、そして上野支社では菅が、一ノ瀬と同じように要請を受け、それぞれの支社から発電車、高所作業車、指揮車を出動させていた。「応急送電の現場を多く経験しているし、緊急事態に対応するための専門的な長期研修も受けている。熊本へ向かうのは自分が適役であると思い、要請の連絡を待っていました。」(中川)。彼らは1,200キロも離れている場所での停電に対して強い責任感を持っていた。一ノ瀬、中川、菅たちが最初に集合したのは静岡県内の高速道路のパーキングエリア。東京電力管内の10台の車両と乗車する20名ほどが揃い、派遣隊の第一陣が整った。「迅速に出動できたのは自分たちの力だけではありません。支社での夜勤明けの社員たちが、車両の整備や機材の準備を進めてくれていたことが大きい。派遣要請を受けていない社員たちも、被災地を思う気持ちは同じなのです」(菅)。

03 Responsibility

第一陣として現地の状況を把握し、迅速な復旧作業で町に明りを取り戻す。

熊本に着いたのは翌日の夕方だった。丸一日以上かけて発電車を走らせたのは過去に例がないという。「長距離の移動により疲労が蓄積しているが、気が張っているため仮眠の時間を設けても寝付けませんでした」と一ノ瀬は苦労した点を説明してくれた。また、第一陣は復旧作業と同時に情報収集もしていかなければならない。「一つひとつの作業や必要な技術は普段の保守業務と大差はありません。しかし、どこに発電車を設置するのか?燃料の調達の見通しは?連絡体制は?など、現地の状況を把握して決断していくことがまず大変でした。」(一ノ瀬)。その後、東京電力パワーグリッドの発電車は阿蘇神社の駐車場にて設営。鉄塔の崩落の危険があるため停止した黒川第一発電所の6万6千ボルトの送電線の復旧を開始した。到着から数時間での送電開始。暗闇に覆われていた夜の熊本市内に光が戻った。「送電が復活した瞬間、街頭や各家庭の明かりが一斉にパッと灯る。この時の感覚は忘れがたいです。真っ暗な夜は本当に怖い。私たちの仕事によって明りを取り戻すことができたという実感はあります。」(中川)。

Responsibility
Responsibility

04 Responsibility

お客さまからの「ありがとう」が送電復旧に向かう使命感を強くする。

復旧作業が進み電気が戻ったことで、熊本のお客さまから感謝の言葉を多くかけてもらったという。「数日間、電気がない不便な生活を強いられた方が多くいたと思います。私たちには可能な限り早く送電したいとの使命感があり、お客さまからのありがとうの言葉が職務を遂行する上での大きなモチベーションになっています。」(菅)。災害時だからこそ人の力、絆を強く感じることができたと中川も話す。「電力会社の垣根を越えた協力があり、様々な企業で働く人たちとの繋がりの必要性を改めて認識することができました。」(中川)。一ノ瀬は「停電している家は不便で余震が続く不安もあり、窮屈でも自家用車へ避難し、夜を過ごしている人たちが多くいました。復旧した後、家に戻っていく姿を見て、電気がある生活は素晴らしいと思いました。」とお客さまへ安らぎを与えられた喜びを感じたという。

05 Responsibility

安定した送電のために、余震の中、発電車を見守り続ける。

一ノ瀬たちの尽力により送電は始まった。しかし、それは復旧作業の終わりではない。送電線の修復が終わるまでは、発電車による電力供給を続けなければならないからだ。発電車を3台並列で接続し、供給を続けた事例は少なく、昼夜を問わず目を離すことができない。「電力需要がどのくらいになるのかは実際に運転してみないと分からない。それに加えて、発電車1台の出力が安定しない事態が発生し、手動での運転監視に労力を費やしました。」(中川)。夜が明け、監視作業中を続けている中、大きな余震は何度も彼らを襲った。震源が近いこともあり、震度の数字以上の揺れを感じたという。「震度5弱の余震。東日本大震災で経験した震度5強より数字上は低いですが、直下型の地震による突き上げられる揺れは別格。恐怖を感じました。発電車が転倒してしまうのではないか?と思うほどでした。ですから余震が起こるたびに皆で声を掛け合い、安全最優先で復旧に取り組むことに努めました。」(菅)。

Responsibility
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06 Responsibility

知識、技術の向上だけではなく、災害現場へ挑む、強固な意思を持つ。

第一陣は現地で約一週間の送電保守活動を経て、第二陣のメンバーと交替。一ノ瀬たちは関東へと戻った。巨大地震による被害を目の当たりにした彼らは、その経験と課題を仲間たちにも共有した。「今回のような災害復旧では、平時よりも危険が多く潜んでいることを痛感しました。また、変化する状況に対して臨機応変に考え、対応できる力が我々には必要だとも感じています。」(一ノ瀬)。「電力を届ける確かな技術力は絶対に必要。その上で、未曾有の事態であろうとも復旧をやりとげる忍耐力、精神力も鍛えたい。」(中川)。「今回は九州電力の管内で起きたことですが、日本のどこであっても同じ状況になれば電力会社同士が応援を行います。いつでも力になれる存在でありたいと思います。異なる会社の設備にも対応できる知識と応用力も磨いていきたいです。」(菅)。停電の復旧に挑む東京電力の活動は昼夜問わず続けられていく。

責任編
挑戦編