配電に携わるすべてのスタッフの力を集結。
鬼怒川決壊による停電から一丸となり電気の送電再開へ!

2016/04/01

どんなときも、お客さまのもとに電気を安定して送り届けることが使命である配電マンは、常に電気を止めないために業務に携わっている。そんな彼らが厳しい事態に直面したとき──。竜ヶ崎支社の4人は、まさにその経験をしている。2015年9月の茨城県、栃木県を中心にした大雨の影響で、鬼怒川の堤防が決壊し、河川が氾濫。街は広域で浸水した。その危機に、彼らはどのように対応したのだろうか。

写真左:
制御グループ 所 浩章

写真右:
制御グループ 杉山一臣

写真左:
竜ヶ崎地域配電保守グループ 班長 谷 孝志

写真右:
水海道営業センター 配電保守グループ 班長 小松塚崇吉

鬼怒川が決壊し、未曾有の大水害発生
そのとき彼らは…

2015年9月10日、台風18号の通過に伴い、茨城県、栃木県を中心に大雨が続き、鬼怒川で堤防が決壊。街や家屋、田畑は浸水し、生活や産業に甚大な被害が出た。

東京電力パワーグリッドの竜ヶ崎支社、ここのスタッフの多くも被災者である。そんな厳しい状況の中、最前線での電気の供給維持、復旧活動に当たった配電保守グループの谷さんと小松崎さん、そして制御グループに属する所さんと杉山さんに話を聞きながら、当時の様子を追った──。

朝の7時45分。茨城県に大雨特別警報が発令されたこの頃、配電保守の谷さんと小松塚さんは、水害時の作業に必要になるボートなどの機材を準備したり、スタッフの勤務状況を確認したりして、出動に備えていた。そして、昼の12時50分──とうとう鬼怒川が決壊する。

所:「この時点では幸い大規模な停電などは起きていませんでした。電力系統の異常も無く平常通り。そこで、報道をチェックしながら、事故が起きるかどうかを気にかけながら監視と待機を続けていました。」

この日の深夜、水没想定区域の地図が災害対策本部から届いた。所さんと杉山さんは、いざ事故が起きたときに迅速に対応できるよう、すぐさまその地域に電気を供給する配電線がどのようにつながっているのかを調べ始めた。

風雨が収まっても街の水はまだ引かない。高所作業車をはじめ、応援を含めた竜ヶ崎支社の作業車両は、ひっきりなしに出動した。特に常総市の被害は甚大で、床上床下浸水を併せて約11,000軒、その多くの家庭で電気も水も止まった。

「電気を止めないこと」が使命の
配電マンが、自ら電気を止めた…

必要とされる場所に、絶え間なく電気を供給することが配電マンの仕事だ。だが、大規模停電などの事故は起きなかったにも関わらず、救助活動の妨げとならないように、電気を止める必要が生じた。最初は決壊の2時間後、10日の14時45分。そして11日、再び救助活動の支援のため、電気を止めなければならなかった。結果的に、11,000軒が停電状態になってしまう。

杉山:「普段、我々が第一に考えていることは、『電気の供給を止めないこと』なので、電気を止めなければならなかったのは、つらかったですね…。問題なく電気が通っている地域には避難所や病院もあり、生活している人もいらっしゃる…。とはいえ人命最優先。電気が流れていることで新たな事故が起こる可能性があるわけですから。そういう葛藤がありました。」

所:「ただ、事前に配電網を調べていたことは役立ちました。残念ながら配電網の仕組みから、救助地点だけの電気をピンポイントで止めることはできません。しかし停電による影響が極力少ない範囲ですむように、『こことここを止めて、この地域の電気だけを止めよう』というように、即座に決めることができたのです。」

こうした努力によって、救助活動に支障をきたすことなく、停電地域も最小限に抑えることができた。しかしその後も状況は予断を許さず、復旧への作業は難航した。

小松塚:「11日の朝、風雨はだいぶ収まりましたが、増水がひどくて。常総市役所の災害対策本部が停電していたので、まず、そこに送電する準備を整えつつ、同じ頃、水海道の変電所が水没しそうだったので応援に駆けつけました。変電所が水没すると、停電していないほかの地域まで停電してしまいますから。『いま点いている電気は止めない』という思いでした。」

谷:「ボートなど装備を整えて、本格的に現場に出動し始めたのは、11日の17時頃から。その頃には、近隣の各都県から38名の人員と作業車両など応援が到着し、体制が整い始めました。私が現地復旧チームを、小松塚さんが災害対策本部の復旧に対応するチームを現地で指揮し、それぞれ作業を進めていました。」

配電保守&技術サービスグループの毎朝の朝礼風景。現地復旧チーム、災害対策本部対応チームのそれぞれを指揮した谷さんと小松塚さんは、この朝礼で、応援部隊を含めた総勢200名ものスタッフに当日の作業の指示を出していた。

一刻も早い送電再開を目指し
200人もの配電マンが各地から集結!

徐々に水が引き始めた9月12日以降、本格的な復旧作業が開始した。しかし、一度止めた電気を再度送るのは、ボタンひとつで再開できるわけではない。

小松塚:「送電再開後に不具合が出ないように、全設備の絶縁測定を行い、健全性を確認します。ただし、その健全性の確認の前にも準備段階があって…まず電気のスイッチをいったん全部切り離さなければならないんです。その復旧作業は、担当した配電保守の総勢100名で2日間ほど要しました」

谷:「スイッチの切り離しも、その後の健全性の確認も…電柱の一本一本、配電線や変圧器、引込線、検針メーターなどすべての設備を一つひとつ手作業で点検します」

電気を止めるとき、そして再開するとき、いずれも事故が起こらないように、問題や不具合がないかを念入りに点検する。配電保守グループは、電柱や電線、変圧器、引込線の一つひとつを回り、電気の送電再開に向けて点検作業が続けられた。

配電保守グループの応援70名を中心に、技術サービスグループ、協力会社のスタッフ等が参集し、停電世帯を回っての各戸送電作業が行われた。かつて技術サービスグループに所属していた杉山さんも、13日以降は現場に入り、浸水状況確認のため、家庭や工場等を1軒1軒回り設備の確認を行った。

その頃、制御室の動きも慌ただしくなっていた。停電地域はブロックごとに細分化されている。そのどこから復旧させていくかを決めるのは災害対策本部だ。すべての確認が取れ、災害対策本部が送電再開の指令を出すと、制御室が電気の供給を行う。

所:「私たちは、配電保守グループと連絡を取り合いながら、徐々に供給を再開していきました。同時に、供給を再開したら、その都度、災害対策本部に報告します。各自治体や、当社のHP、カスタマーセンターなどを通じて停電復旧情報を発表、更新してもらうためです。」

ピーク時には11,000軒以上の電気が止まっていたが、13日から実際に現場での確認作業が本格化し、その日のうちに一部の送電を開始。そして、堤防決壊から6日後の16日の夕方、浸水地域を除き、すべての電力復旧が完了した。

鬼怒川の堤防決壊からわずか6日間での復旧
この経験を必ず生かす!

延べ1,300名に上るスタッフが7日間に渡って対応にあたった今回の災害。その中心にいた彼らは何を感じ、何を得たのだろうか?

所:「今回、近隣各都県からの応援に本当に助けられました。会社としての組織力を挙げて、復旧対応に当たれたこと。それを実感できたことが何よりの経験です。この経験や、ノウハウを継承していきたいです。」

杉山:「今後、応援を要請する側、応援に向かう側のどちらになっても、この経験を生かして速やかに復旧作業に当たりたいと思いました。そう思える仲間や業務への誇りを感じられたことが一番の財産です。」

小松塚:「一致団結して作業に当たれたことや、混乱なく指揮を執れたことは自信になりました。試行錯誤しながらの体制づくりでしたが、これほどの事故対応を経験したことで、今後、同様の事態に直面しても、迅速に復旧への体制づくりができると思います。」

谷:「復旧作業を進めていくうちに作業効率が上がり、復旧へのスピードが加速していきました。早期の電力復旧という目標をみんなが持っていたからだと思います。そして、今回の水害に際して、今は別の支社で働いているにも関わらず、現場へと駆けつけてくれた大先輩が、『任せろ!』と励ましてくれました。言葉ひとつで現場の雰囲気は変わります。こういう事態が再び起こったとき、私も周囲への心遣いを忘れず、士気が上がる現場づくりを心がけたいですね。」

鬼怒川決壊による電気の復旧作業は、当初、1週間以上かかるのではないかと予想されていたが、浸水地域を除いて1週間以内に電気を復旧することができた。これは、「一刻も早く電気の送電再開を」と、一丸となって復旧に当たった彼らの総合力の賜物であるといえよう。

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