TEPCO

東京電力ホールディングス株式会社

中田エミリー × 第一保全部
電気機器(1・4号)
グループ
齋藤晴樹

SPECIAL INTERVIEW
新潟で働く
私たちの思いVol.2

2017年11月取材

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安全対策に新しい視点を。
そして、見えてきたもの。

事故後なのに
なぜ原子力発電所で
働きたいと思ったのですか?

中田
齋藤さん、今日はいろいろ聞いちゃいますけれど、よろしくお願いします。
まず、いきなりですが、齋藤さん、すごくお若いですよね。
齋藤
はい。2014年に入社したので、今年で4年目になります。
中田
ということは、福島第一原子力発電所の事故のあとですか?
齋藤
はい。事故後に採用が再開してから、最初の新入社員です。
中田
そういう時だとご家族とか周りの人は反対したのではないですか?
齋藤
反対はされませんでしたが、やっぱり心配はされました。
中田
それなのになぜ入社されたのですか?
齋藤
私は大学でエネルギーについて学んでいたのですが、学べば学ぶほど、資源をほとんど持たない日本にとって、原子力発電が果たす役割はとても大きいと感じるようになりました。ですから、事故後、信頼が失われてしまった原子力発電をもう一度安心して活用できるようにするために役に立てないかと思って入社しました。
中田
若いのにちゃんと考えてるのですね。すごい。パチパチパチパチ
齋藤
そ、そうですか。

若手の所員は、
どんな仕事を
しているのですか?

中田
齋藤さんは、今はどんな仕事をされているのですか?
齋藤
今は、緊急時の電源対策に携わっています。
中田
緊急時の電源対策って何ですか?
齋藤
福島第一の事故では、津波ですべての電源が失われて原子炉を冷やすことができなくなり、重大な事故に至ってしまいました。その反省をふまえ、万が一の場合でも電源を確保できるようにするのが私の仕事です。具体的には、ガスタービン発電機車の強化などがそうです。
発電機車は、津波の被害に遭わないように、高台に分散して配備されていますが、さらに、巨大な地震があっても耐えられるように、耐震補強を行っています。私のチームはその設計を担当しています。他には、大きな竜巻が起こっても飛ばされないようにしっかり固定したり、発電機の起動スイッチを遠隔操作できるようにしたりと、どんな災害が起きても電源を確保できるように対策を進めています。
中田
それってとても重要な対策じゃないですか。その設計に若い齋藤さんが携わっているなんてすごいですね。
齋藤
難しい問題を前に悩むことも多いんですが、私の部署の上司や先輩は、若い私たちの疑問にいつも耳を傾けてくれますし、解決策を導き出すために、とことん議論に付き合ってくれます。そのおかげで自分の設計したものを形にすることができています。
中田
それはやりがいを感じますよね?
齋藤
そうですね。やりがいはもちろんあります。また、先入観や前例にとらわれず新しい視点で設計や改善を行うことは、私たち若手にしかできないことだと思うので、より高いレベルの安全を目指すためにも、積極的に取り組んでいかなければならないと感じています。
中田
そうなのですね。これからの仕事の目標はありますか?
齋藤
自分が携わる一つひとつの安全対策に決して妥協せず、とことん高いレベルを追求して、新潟のみなさまに安心していただけるような発電所を作っていきたいと思っています。

これからの発電所に
必要なものは、何ですか?

中田
今の取り組みはお聞きしましたが、若手だからこその視点で、これからやってみたいと思っていることはありますか?
齋藤
最近思っているのは、新潟のみなさまとのコミュニケーションです。
中田
コミュニケーション、足りてないですよね。
発電所が何をやっているのか、まだまだ私たちにはわからないですもんね。
齋藤
発電所の取り組みは、技術的な話も多いので、お伝えするのはなかなか簡単ではないと思いますが、特にこれからの新潟を支える、自分たちと同じ若い世代の人たちに興味を持ってもらうためにも、もっと私たち若手が積極的に情報発信をしていって、理解してもらえるようにしていきたいと思っています。そして良いことも悪いこともどんどんコミュニケーションできるような関係を、新潟のみなさまと作れるようになりたいと思っています。
中田
そんな関係になれるといいですよね。
齋藤
はい、がんばります。