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トップページ > 福島復興へ向けた取り組み > 福島第一・第二原子力発電所の状況 > 福島第一原子力発電所事故の経過と教訓 > 2号機はなぜ過酷事故に至ったか

2号機はなぜ過酷事故に至ったか

2号機の事故について

地震発生時、2号機は直ちに制御棒が挿入され、設計通り自動で原子炉が停止しました。2号機は地震により外部電源をすべて失い、復水器などは使用できない状況でしたが、非常用ディーゼル発電機が自動起動し、原子炉隔離時冷却系も運転することができました。その後、津波とこれに伴う浸水により、非常用ディーゼル発電機やバッテリー、電源盤等、全ての電源を失い、計器類の監視・計測機能や操作機能、照明等が使用不能となりました。

ここまでは、1号機とほぼ同じ経過を辿りましたが、2号機では原子炉隔離時冷却系が津波襲来前から動作しており、全電源を失った後もこれが動き続けたことから、約3日間注水を続けることができました。この間、他の冷却系統での注水を行なうべく、水没を免れた電源盤に電源車をつなぎ、電源確保の作業を進めていましたが、12日午後3時36分の1号機の水素爆発によりケーブルが損傷し、電源車が使用不能となりました。また、14日の午前11時1分には3号機で水素爆発が発生し、準備が完了していた消防車及びホースが損傷し、使用不能となりました。同日午後1時25分に原子炉隔離時冷却系の停止が確認された後、減圧に時間がかかり、水位が低下、炉心損傷に至り、これと同時に水素が発生しました。

炉心損傷の後の圧力容器及び格納容器の損傷に伴い、水素が原子炉建屋に漏洩したと推定されますが、2号機では原子炉建屋上部側面のパネルが1号機の水素爆発の衝撃で開きました。このため、水素が外部へ排出され、原子炉建屋の爆発が回避されたと推定されます。

一方で、2号機からは1~3号機の中で最も多くの放射性物質が放出されたと推定しています。これは、1, 3号機では、圧力抑制プールの水によってある程度放射性物質を取り除いてから格納容器の外へ気体を放出する「ベント」という操作が成功したことに対し、2号機ではベントのラインを開放することができず、ベントに失敗、格納容器から直接放射性物質を含む気体が漏洩したためと推定しています。

電源喪失後の作業風景(1/2号機中央制御室) 集めたバッテリーを計器等に接続(1/2号機中央制御室) 1号機の水素爆発に伴い開いた原子炉建屋上部側面のパネル

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事故のポイント(2号機)

事故の教訓 発生した問題点
1:津波からの防護
●津波の襲来により、建屋内外が浸水した。
2:電源/注水手段の確保
●交流・直流全ての電源を喪失したことにより、原子炉隔離時冷却系を除く注水・除熱機能を失った。同時に原子炉隔離時冷却系は制御不能となり、数日間動作したが、その後停止した。
●原子炉隔離時冷却系停止後、圧力容器の減圧に時間を要し、水位が低下、炉心損傷に至った。
3:炉心損傷後の影響緩和
●炉心損傷の後、格納容器も損傷し、水素や放射性物質が外部に漏れだした。
4:プラントの状態把握
●全ての電源が失われたことで照明、通信、監視・計測等の手段を失った他、全号機同時に危機的状況に陥ったことにより初動対応の混乱や情報共有の不備が生じた。
5:復旧作業環境の改善
●大きな余震やそれに伴う津波の恐れ、津波や1・3号機の水素爆発による瓦礫の散乱で、現場のアクセス性・作業性が低下した。
●1・3号機の水素爆発によって、準備を進めていた電源車や消防車が損傷した。
●放射線量の上昇や放射線管理等に対応するための資機材の不足、事故対応が数日間に亘るなど著しく作業環境が悪化した。

地震発生時と津波襲来時の2号機の変化

地震発生時

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津波襲来時

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